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プロフィール

塩次伸二 プロフィール

1951年 福岡県に生まれる。1971年 京都にて“ウエスト・ロード・ブルース・バンド”結成。1972年 B.B.キング大阪公演のオープニング・アクトを始めとし、精力的な活動で一躍日本中にブルース・ブームを巻き起こす。同時にバーボン・レコードより『ブルース・パワー』('74年)、『ライヴ・イン・京都』('75年)などのアルバムをリリース、ブルース・ミュージックに対する深い造詣とフィーリングに満ちたプレイに高い評価が集まる。1975年 ウエスト・ロード・ブルース・バンド脱退。ソロ活動に入る。 “しいちゃんブラザーズ”、“ダウンホーマーズ”などへの参加を始める。1979年 渡米では、サンフランシスコ・ブルース・フェスティバルにも出演、地元音楽誌の賞賛を受ける。さらにジャンルを越えたさまざまなアーティストとのレコーディング、セッション等に数多く参加。 深いブルース・フィーリングに対する信頼は厚く、国内アーティストのみならず故バレリー・ウィントン、シル・ジョンスン、エディ・クリア・ウォーターなど海外のアーティストからも絶対の信頼と評価を得る。1987年 初のソロ・シングル『ビッグ・タウン・ブルー』をリリース。1990年 ネルソン・マンデラ氏来日歓迎コンサートでは音楽制作監督を務めるなど、演奏活動だけではない幅広い活動を展開。 1991年 自身のリーダーズ・セッションである“ブルース・オン・ザ・コーナー”をスタート。ブルージーかつジャージーなサウンドで独自のスタイルを確立。 1993年 初のリーダーズ・アルバムである『クッキング・ウィズ B-3』をリリース。チャールズ・アーランドと共演。1994年 水越恵子『ザ・スケッチ・オブ・ア・ウーマン』にサウンド・プロデューサー、アレンジャーとして全面的に参加、ジャンルの枠に捕われることのない深い音楽性が高い評価を得る。1995年 『WESTROAD BLUES BAND LIVE IN NEW YORK』をリリース。1996年 『BLACK MUSIC FROM JIROKICHI』 をリリース。1998年 TV番組「神々の宴」でB.B.Kingと共演する。1999年 バーナード・パーディーのエディュケーショナル・コンサートにミュージシャンの強い要望により参加。2000年 崔洋一監督の出演するNHKの番組「古都が生んだブルース」に70年代ブルースの立て役者として出演。2001年 活動の幅をさらに広げつつも、自身のルーツであるブルース・ミュージックに常にこだわり、現在のブ ルースをプレイし続ける彼の今後には一層の期待が集まっている。2002年 日本のブルースを題材とした映画(リバイバルブルース)に出演。 GIZAレーヴェル 夏の企画アルバム MAI.KURAKI & FRIENDS HOT ROD BEACH PARTY のCD&DVDに出演。

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